2013年02月27日

がんこちゃんの絵 by7歳ミーちゃん

ミーちゃんが小学校の図書の時間に借りてくる本は、絵がかわいい本です。
武田美穂さんの絵本もミーちゃんが好きな絵です。
がんこチャンの絵.JPG

ミーちゃんが絵本の表紙を見て書きましたわーい(嬉しい顔)
がんこちゃんの絵アップ.JPG






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2013年02月26日

2013書き初めとお正月の絵 by7歳ミーちゃん

とっくに2013年は始まっていますがグッド(上向き矢印)
7歳ミーちゃんの書き初めとお正月の絵ですわーい(嬉しい顔)

字は、筆圧が普段より感じられるので、一生懸命書いたんだなあと思います目
ミーちゃんが言うには、もっと上手に書いてる人たくさんいるよ。との事でした。

2013正月.JPG
2013書き初め.JPG




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2013年02月25日

子どもに自信をつける言葉 傷つける言葉 という本を読んで4/4

・・・続き・・・
子どもに自信をつける言葉 傷つける言葉 (著)加藤諦三 という本を読んで目
私が心に残った内容をブログに残しておきます。


第二部 心の強い子が育つ言葉がけのルール
H子どもの本音をくみとること

●心地よい言葉の繰り返し”で心のエネルギーは生まれる
子どもをうまくほめる秘訣は、「真剣さ」と「繰り返し」。子どもはエネルギーが湧き、志のある子に成長していく。
大切なのは、心地よい言葉の繰り返し。ほめることも、同じことを何度も繰り返す。
同じこと繰り返し、繰り返し、何度でも繰り返しほめてあげること。

●その子の言葉に真剣にこたえる
子どもに対する最大のほうびは子どもを信じて真剣になってあげること。

●「うちの子に限って」の誤解
「どうか信頼して尊敬してください、私があなたより小さくても。私にもあなたと同じ感情があり、要求があります」

●その子の”今日の変化”に気づく
「どうか、わかって下さい、私がどんどん大きくなって、かわっていることを。私についていくことは大変だと思いますが、努力してみて下さい。」
子どもが小さい頃は母親と一緒にいることが楽しい。しかしいつか子どもは自立のときがくる。親と一緒にいる時よりも、友達と一緒にいることが楽しい時期が来る。
それは子どもの変化、子どもの心理的成長でもある。小さい頃は「飲む?」「食べる?」と聞けば喜んだ。しかし反抗期には返事もしない。
心に不満のある親は、ふてくされている子どもの態度に不満になる。子どもの内面の変化に気づかない。昔のように子どもが自分の言うことを聞かなくなった。
昔のように子どもが自分と一緒にいるときにうれしがらなくなった。昔と違ってブスッとしている。それらすべてを含めて子どもの態度に不満になる。
そうなると、親は不満に心を囚われて、子どもが言わんとしていることは何かということに気がつかなくなる。それは子どもが成長して自我が目覚めてきたということでもあり、
ある意味では喜ばしいこと。

●子どもの視点に立って話す
ではどうすれば子どもへの不満は解消するか?簡単な方法などはないが、自分と相手という二つの視点から物事を見ることで不満が小さくなることもある。
例えば、子どもの言動が面白くないときは、子どもに言おうとしていることを自分に向けて言ってみる。
子どもを教育するため、子どもの変化についていくために、親はエネルギッシュでならなければならない。すべての子どものことをわかってあげようと努力するのは大変。
しかし、大変なことと捉えるのでなく、子どもを見て「大きくなったね」と感じればいいという程度に考えればいい。

●”指示・命令”ではなく、”共感”をする
「どうか耳を傾けて下さい、そして私の質問に簡単明瞭に答えて下さい。そうしたら私は自分の考えと感情をあなたと共有できます。あなたと同じ気持ちになれます」
子どもが「僕だって・・・」という不満なときに、その気持ちを聞いてくれと言うことである。大人の不満には耳を傾けなくてもよいが、子どもの不満には耳を傾けてあげることである。
子どもはいつも親とコミュニケーションをしたい。人が生きる力を得るのは他人とのコミュニケーションからである。
言い方一つで子どもの気持ちは違う。「二人だけの秘密ね」と言われると子どもはいい気分になる。「人に話し手はダメよ」は不愉快な気持ちになる。
「約束を守ろうね」と言われるといい気分になる。「約束を破ってはダメ」と言われると、命令のようなで気分はよくない。
子どもが「ねーねーねー」と三回言ったら何か具体的な話があるわけではない。気持を親とふれあわせたい。こういう場合、親は「暑いわね」「何よー、そんなにいい顔しちゃって」
と言っていればいい。子どもは母親に話すことがなくても「ねー」と言って近寄ってくるということである。大切なのは情緒の共感である。

●子どもの話は”評価”しないで聞く
母親は、ときに子どもを評価したり、判断したりしないで、ただ聞くと言うことに徹することである。そうすれば子どもは「何か楽しかったな」と思う。
母親は、何も言わないけれど、子どもが「しゃべりたいなあ」と思う人であることが大切である。

●「おはよう」の挨拶から始まる共感力
この人間社会で生きていくには、共感能力が大切である。その大切な能力は小さい頃からの母親との関係で育まれる。母親が子どもの気持ちに共感することで子どもの
共感能力も育まれる。

ある子どもの書いたもの「おはよう」
「おはよう」とおかあさんの声
「よい顔している」とお母さん。お母さんが笑っている。
眠いけれど「おはよう」って言っちゃった。
お母さんの笑顔を見ると元気がでるよ。
ランドセルを背負って僕はバス停に走った。途中でおじさんにあった。
僕は大きな声で「おはよう」って言った。するとおじさんが驚いた顔して言った。「おはよう」って。
おじさんきっと僕の笑顔がうれしかったんだ。
それから「おはよう」って言うときは、お母さんの笑顔を思い出す。

これを書いた子は、周囲の人々の気持ちを明るくする子に育っていくだろう。楽しい会話のできる子に育っていくだろう。

●子どもに顔をむける大切さ
「どうか、顏をこちらに向けて下さい、そして私と一緒に時間を過ごして下さい。そうすれば私は気が引けていつもビクビクしていきていなくてもいい人間になれます」
母親から顔を向けられていない子どもは、自分のことを自分で守るということもできない。母親が守ってくれることを通して子どもは自分で自分を守るということを覚えていく。
母親はできれば子どもに顔を向けて、子どもの心理を観察することである。子どもがイライラしていないか、ウジウジしていないか、ビクビクしていないか、そしてその原因は
何かを理解しようとすることである。

●百回聞いて、百回ほめて
偉大な父に憧れている息子がいれば、「あなたはお父様ににてるわ!」と繰り返し繰る返し言えばよかった。
得意になる出来事があれば、そのことに関して百回聞いてあげればよかった。
一途にやっていて気力を失った時は「頑張れ、くじけるな、お父様の子でしょう!」と言ってあげればよかった。寂しがり屋なら楽しくすれば頑張ったであろう。

●その子が一番”認めて欲しいこと”を言う
母親から女の子と認められていない子がいた。その子は「私は強い」と威張る。しかしある人が繰り返し「きれい」と言ってあげると、きれいということに喜ぶようになった。
「顔を向ける」とはそういうことである。その子の本音を知ること。本当にその子に関心があれば、その子が本当は女の子と認められたがっていることはわかるはずである。
有名な才女がいた。その子は小学校のころから優秀であることを周囲からほめられていた。本人もそれを得意としていた。しかし「君は女らしい」の一言でとんでもない男に恋をした。
女ばかりの家族がいた。父親は男の子が欲しかった。末の女の子が優しくて父親を慰めようと男の子を演じ、土木建築の大学院にいった。しかし本当は女の子でいたい。
「顔を向ける」ということは、賛辞ばかりではない。人を「いたわってあげる」ことができれば「顔をむける」ことである。人の辛さとか、悲しみとか、苦しみとか、それらをわかってあげる
それが顔をむけるということである。

●言葉に出せない”本当の気持ち”をわかってあげる
「お父さん、お母さん、聞いてくれてありがとう。私はあなたが大好きです。」
子ども達は周囲の人に関心をもってもらうためにいろいろなことをする。子どもが泣くときにもいろいろな動機がある。
淋しくて母親の関心が欲しくて万引きをしたり、同情が欲しくて悲しくなくても泣いたり、関心を持って欲しくてわめいて泣いたり。
内面を拘束されている子どもは、親に見えないところで泣く。子どもが「大泣き」するときには母親は怒らないで黙ってみていればいい。そのうち子どもは疲れる。
子どもは関心を持って見ていてくれれば、それでいいことが多い。

I子どもに関心を示すこと
●子どもの話を聞かない心理
子どもは、自分に関心をもたれるほど、心は前向きになる。関心の持ち方にはプラスの関心とマイナスの関心の持ち方がある。
子どもに無関心の母親もいる。
問題を起こす学生の両親の特徴は、母親がしゃべって父親は黙っている。父親が話す時には自分は以下に社会的に偉いかが中心的なテーマ。
とにかく母親は人の話を聞かない。子どもの話も聞かないだろうなと思う。子どもが学校でどういう生活をしていたかあまり関心がない。
父親も母親も自分を売り込む事に熱心で、学校での子どもの様子をあまり聞かない。

J楽しい会話を心がけること
●あいづち次第で子どもは明るく話しだす
子どもが強く優れていることを期待されるだけで志のある子にそだつわけでなく、逆に無気力になる場合のほうが多い。
強く優れていることは結果であって、それを目的にするとかえって結果は逆になる。愛され守られて子どもは結果として強くなる。
よく幸せは結果であるという。何かを一生懸命するときに結果として幸せになるので、幸せそのものを目的にして生きると幸せは逃げていく。
志のある子になるのは、楽しい親子の会話を持った結果である。母親から「誰と遊んだ?」と検察官のように詰問し、「○○君と遊んだ」と答えるような会話は、
子どもの心を成長させる会話ではない。母親が子どもの話に「そうなのー」「楽しくてよかったねー」とあいづちを打つのが親子の会話である。
母親のあいづちで子どもはうれしくなってもっと話しだす。そうして子どもは情緒的に成長していく。

●親子の楽しい会話が心を育む
小さい頃の親との会話は、触れ合いの心を育むのにきわめて大切である。親との楽しい会話で刺激される脳の機能が発達していないと、
大学生ぐらいになると恥ずかしがり屋の人になる。大人になると苦労して話題をみつけながらでないと会話が続かないような人間になってしまう。
自然な感情表現ができずに、大袈裟な感情表現になったり、逆に無口になったりする。自分一人の世界に閉じこもりがちになる。
小さい頃、母親とワイワイ楽しく話しをした子どもに比べて、人の話に反応するための脳の機能が発達していない。

●こんな”言葉のふれあい”で子どもの心は強くなる
子どもは困ったときに自分を守ってくれる人がいると思って初めて強くなれる。そして慰めを得る。子どもはそうして強くなり安心感を持ち、人とも気を許して話ができるようになる。
子どもは「困った時にはこうすればいいのよ」と教えてくれる人がいて欲しい。「いじめられたら帰ってきていいのよ」と教えてくれる人が繊細な子どもには必要。
母親は自分が不安だと思うならあまりしつこく聞いてはいけない。「今日は、けがもしないで帰ってきてよかった」「今日は元気そうで、お母さんうれしいわ」と言えばよい。
人間らしい生き方をする人だけが人間の社会で長く生き残ることができる。もともと悪い性格というのはない。悪い性格は愛を求めているだけである。

あとがき
少し厳しいことを書いたが、実は子育てはうまくいかなくてよい。親も人間だから理想の子育てはできない。大切なのは実際の自分の姿に気づくこと。
自分は「子どものため」に働いていていたわけでなく「自分のため」に働いていた。それを認めれば親は恩着せがましさがなくなる。そこから成長する子育てが始まる。
子どもを必要としていたのは自分自身。
この本では育てやすい子と、育てにくい子の違い、男の子と女の子の違いも無視している。子どもでも育てやすい子もいれば、大変難しい子もいる。
子育てに成功している親が、子育てに失敗している親よりも優れた親ではない。
この本を読んで、自分がしていることにきがついてくれれば著者として本望である。

感想
この本は、子どもの気持ちを書いてくれてるようで、とても参考になりました。
子どもに対して言いたくないけど、思わず言ってしまうダメな言葉もあり、
子どもがどういう気持ちになるのか以前より考えることが出来るようになったと思います。
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2013年02月24日

7歳ミーちゃんの描いた絵

小学一年生になったミーちゃん。
好きな教科は図工です。ぴかぴか(新しい)
小さい時からの“お絵描き大好き”は、今も続いていますわーい(嬉しい顔)
毎日毎日、絵を描かない日はありませんアート
学校の休み時間も、自由帳に絵を描いてるらしく、
お友達と楽しく遊べているのかな、外遊びはしてないのかな、と心配をする事もあります。

昨日描いた絵の一部です。8枚ありますが、つながっているようです目
最近は、絵本のように絵がつながってきて面白くなってきましたよわーい(嬉しい顔)

1.JPG
おはなをそだてるのがじょうずで、おしゃれ。大金もち。
女の子 なまえ:マリーちゃん
かいぬしは妹のフーちゃん

2.JPG
ドジで、本をかくのがじょうずで、デザイナー。
マリーちゃんのカチュウシャとリボンもデザインしたよ。
女の子 なまえ:みけにゃお
かいぬしは、自分ミーちゃん

3.JPG
いもうとっぽいせいかくで、おじょうさま。
とらのいもうとだよ。
女の子 なまえ:しゃむ かいぬしママ

4.JPG
しゃむのおにいちゃんで、おりょうりがじょうず。
男の子 なまえ:とら かいぬしパパ

5.JPG
トラは、バレンタインチョコをいっぱいもらうよ。
マリーちゃんもトラが好き。

6.JPG
みけにゃーは、森のカフェでバイト中。

7.JPG
シャムは、大金もちのおじょうさま。

8.JPG
トラは、スペシャルアイドル。

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2013年02月23日

子どもに自信をつける言葉 傷つける言葉 という本を読んで3/4

・・・続き・・・
子どもに自信をつける言葉 傷つける言葉 (著)加藤諦三 という本を読んで目
私が心に残った内容をブログに残しておきます。


第一部 親に何気ないひと言で、子どもの心は大きく変わる
B罪悪感を与えないこと

●「お母さんを困らせてうれしいの?」という親
子どもをダメにする言葉、子どもが打ちのめされる言葉、子どもがいつか親に不信をもつようになる言葉、そういう言葉がある。
「親が子どもに与える破壊的なメッセージ」といわれているものがいくつかある。
子どもが勉強をしないとき「お母さんとてもつらいわ!」と言うと、子どもは「お母さんごめんなさい。勉強するから許して」となってしまう。
「おさあさんを困らせてうれしいの?」「お母さんをわざとこまらせているの?」「お母さん怖い!」とまでくれば明らかにいじめである。
子どもの成績を見て、親が深い失望のため息をつくとする。これで子どもは自信を失う。親は実際には何もしないのに、子どもにとっては最悪の脅迫になっている。
「あんんたがしたことはこれほどひどい」と相手に伝えている。
「お母さんに恥をかかせるの?」と言う母親はたいてい子どもに恥をかかせている。
「慢性的で定型化された不快感情」のことを「ラケット」という。このラケットはよく他人を操作するために使われる。
これを使って育てられた子どもはノイローゼになるだろう。簡単に言えば、男をあやつる女の涙。
恋愛に限らず人はよくマイナスの感情を使って相手を動かす。これは体罰と同じで、その場では効果があるかもしれないが、長期的にはマイナスの効果になる。
ラケットは相手に罪の意識を持たせることが目的である。
こうして育てられた子どもは、非行には走らないが次第に生気を失って無表情な顔の子になっていく。
子どもの欲望が消え、自分が何をしたいのかという最も大切なことがわからない人になってしまう。

●なぜ、”親の苦しさ”を子ども訴えるのか
子どもを嫌いな母は自分のみじめさを誇示する。
「私は不幸な星のもとにうまれた。」など、こういったみじめさを訴える親は、努力しない親である。言葉で人をだます親である。
周囲にいつもみじめさを訴える人は、周囲の人が嫌いで「好き」なふりをしている。
こういう親達は、実は「自分は家族が嫌いだ」、「自分は子どもが嫌いだ」と認識する事が自分と家族を救う出発点なのである。

C問い詰めない事
●「どうして、どうして」と言う親の共通項
子どもに「どうして、どうして」と言う親は子どもへの要求が多い。
水が欲しい、もっと欲しいと子どもが泣く。与える親は「どうして泣くのだろう、どうしたら泣かなくなるか」と考える。
愛情があれば行動する。求めてばかりで、いつも不満で、「どうして?」と悩んでいる者は行動しないで言葉だけの人である。
「どうして?これしかないのか?」と不満に思う時には、感謝しなければいけないときなのである。

●「どうして○さんのようにできないの?」症候群とは
「どうしてもっと誰それのようになれないのよ?」と言う親は、燃え尽き症候群を育てる。
母親が「どうして・・・」と言ったときには、たいてい非現実的なほど高い基準を子どもに課している。そして「どうしてできないの症候群」になる。
「どうして勉強できないの?」「どうしてこれくらいのことがわからないの?」と言うときの母親は意地悪な気持ちになっている。相手を攻撃しているメッセージが隠されている。
子どもの現実の存在を無視している。子どもも、その母親の無意識にある悪意に反応して、素直になれない。
「どうして」という心理は、「支配の意図と自己不在」である。自分の意志のある人は「どうして」とは言わない。自分の意志があれば「こうしなさい」と子どもにはっきりと言える。

●「どうしてできないの」となぜ怒ってしまうのか
母親が「どうして早くできないの」「さっさとしなさい」と言うときには、母親の頭の中でまだ考えがまとまっていない。母親自身が何をどういう順序でしていいかがわかっていない。
母親自身が問題の整理ができていない。子どもがグズグズしているので、ただ苛立っているだけである。
苛立ちの感情で言っていないときには「それをして、次にそれをして、最後にそれをして」と言える。子どもに「早くしなさい」というときには問題は整理されている。これが指導である。
「どうしてまだ寝ないんだ」「どうして勉強しないんだ」「どうしてそういう顔をしているんだ」などを連発する親は、実は子どもとの関係が薄い。
ひどいのは、子どもが自分の期待した通りの反応をしないと「どうしちゃったんだ」と渋い顔をする親である。「どうして」ならまだいいが「どうしちゃったんだ」となると
甘えといじめの心理が両方ある。こういう親は、「親子の役割逆転」をする親である。親が子どもから愛されることを求めている。何よりも愛情飢餓感の強い親である。
自分が求めているものを子どもが満たしてくれないから、子どもに憎しみを持っている。
「どうしてふくれっ面しているんだ」「どうしてニコニコしていないんだ」「何で言うことを聞いてくれないの?」という言葉は親が子どもに愛情を求めている。
子どもがいつも母親にニコニコしていてもらいたいのと同じである。子どもは親から「どうしてどうして」と言われると、子どもはプレッシャーを感じる。重苦しくて嫌な気分になる。

●「〜したほうがいいんはない?」は責め言葉
「どうしてまだ寝ないんだ」「どうして早くできないの」と同じ意味で、「もう、寝た方がいいんじゃないかな」「早くした方がいいんじゃないかな」と言うのは
一般的な善悪の基準を持ち出して、子どもを寝させようとしたり、寝ない子どもを責めている。相手に責任を取らせる。自分はいい親であることを示しながら、
子どもを思うように操作しようとしている。「もう少し、勉強した方がいいんじゃないかな」と言うのも同じである。

●「うちの子はどうしてこうなの?」の問題点
イソップ物語に「子ジカと父ジカ」という話がある。子ジカに父ジカが「お前は生まれつき角を持っている。体も大きい。どうしてお前は犬が来ると逃げるのか」と言う。
そう言ってるところに、遠くから犬が走ってきた。父ジカが子どもより先に逃げ出したという話。
なぜ子ジカは角があるのに犬から逃げるのか?それは父が逃げるのを見ているからである。
よく母親が「どうしてあなたはそんなにだらしないの」と子どもを叱る。しかし、子どもをだらしなくしたのは母親のだらしなさなのである。
子どもを見て、こういう性格になってしまった」と嘆く親がいるが、そういう性格に親が育てたのである。

●いつもびくびくする子になってしまう理由
小さい頃から「どうして どうして」と親に責められて育てば、大人になっても常におびえる。
誰かが何かを言えば、それは自分を責めていると感じてしまう。

●この一言で失敗に負けない子に育つ
いろいろな紙を渡されて「色を塗りなさい」と言われた。そのときに色を塗るのがイヤな子どもが一枚おきに色を塗った。
先生は「まー、これもアイディアね」と言った。それ以後、子どもはやる気になった。子どもは自分の気持ちを受け入れてもらえた気になったからである。
ただ、「塗りなさい」「何で塗らないの?」と責めるから子どもは塗る気をなくす。
色紙を塗らないで、紙に点を描いた子どもがいた。「これも、塗りたくないときの工夫よね」と先生は言った。先生は、塗りたくない子どもの気持ちをくみ取っている。
子どもに関心があるからである。
机の上の消しゴムの屑を拾っていた子どもがいた。「偉いわね、後から来る子がきもちいいものね」と先生は言った。その子は心の優しい子になった。
ある子どもが間違った絵を描いてしまった。先生は、「失敗しても諦めないで、よく完成したね」とほめた。その子は失敗にくじけない子になった。
持続力のない子がいた。あるときにその子が問題を解けなくてくやしくて手を握りしめて涙を浮かべた。先生は、「自分が解けないでくやしいのでしょ。それが自立ということよ。
素晴らしい。○○君、自立できた、おめでとう」と言った。その子は、くじけない子になった。

D「ダメな子」と言わない事
●”一人では何もできない子”と思い込ませてしまう
「お前の為にこんなに苦労そしている」とものすごく恩着せがましい親に育てられた子どもは、自信を失う。
子どもから「必要とされることを必要とする」親のもとで育った子どもは、いつも何かをするのに親の助けを必要とすると思い込まされている。
「自分の力で何かができたと思うこと」、「自立」は「必要とされることを必要とする」親に対する反逆である。
この恩着せがましい親に迎合する生き方をし、子どもは自分一人では何もできないと思い込み、親への心理的な依存性を深めてしまう。

E束縛しない事
●「あなたさえ幸せならそれでいい」という親の心理
「あなたさえ幸せならお母さんはそれでいいの」これは愛情の言葉ではない。本質的には「私を幸せにして」という子どもへの要求である。
そしてこれは子どもに対して、「あなたはこんなよい母親をもって自分を幸せと思え」という強制でもある。相手の心の自由を奪う。
この言葉は子どもには重く感じられる。生きる気力を失う。
子の言葉を言う母親の心理と恩着せがましさの心理は深く関わっている。「支配の意図」と「自己不在」が共通である。相手を自分の思うように操作しようとしている。
自分で幸せになる力がない。幼児の頃の強度の依存性を残している。

●「私はどうだっていい」と言われた子が重荷を感じる理由
「私はどうだっていいの」と言う人は「どうだってよくない」。相手の自由を許さない。言葉に隠されたメッセージは、「私の期待通りにしろ」である。

●子どもを”家”に縛り付ける言葉
「あなたさえ幸せならそれでいいの」無意識に子どもを縛ろうとしている。子どもは母親の無意識に反応する。
子どもは心理的に成長することにつまずく。心理的に大人にはなれない。
「うちでは、うちでは」という言葉の中には「私たち家族」という逃げることのできないメッセージが隠されている。親の自分は家の為に努力をしていない。
「うちでは、うちでは」という言葉を連発されて育った子どもは大人になれば早く家を出たいと思う。

●”うちの子は自分がいなければダメ”思っていませんか
「あなたが幸せになるならお母さんはどうなったっていいわ」と言う母親は子どもが自分から離れることは許さない。
“好意的支配”“好意的サディズム”愛と言う仮面をかぶった好意的支配もまた、しばしばサディズムの表れである。好意的サディストは自分の所有物が富み、
強力になり、成功する事を欲するけれども、彼が全力をあげて阻止しようとする一つのことがある。それは彼の所有物が自由と独立とを獲得し、
彼のものではなくなってしまうことである。好意的サディズムは一見するととても心優しい人に見える。しかし好意的サディストの特徴は憎しみと幼児性である。

F脅さないこと
●「またやったでしょ」の何が問題か
叱るときは、できれば「今、ここで」あったことを叱る。兄弟など誰もいないところで、なるべく早く叱る。子どもは注意をされるときには兄弟のいないところを望む。
「またやったでしょ」の何が問題か「また」は過去のことを、引っ張り出しクドクド叱っている。
子どもは嫌気がさして、生きるエネルギーを失う。自分は人ぼっちになったように感じる。
こうして脅されている子に家から駅までの地図を書かせると、脅されている子は駅から家までの道のりが長い。細かく書く。
愛されている子が絵を描くときには、逆に家から駅までの道のりが長い。家に自分の存在がある。
子どもに家の絵を描かせる。脅されている子どもは家の中に電気がたくさんついている絵を描くことが多い。家の電気は愛されている温かさを表すのだろう。
脅されている子どもは温かさを求めているのであろう。子どもを脅してはいけない。

●”親の期待にこたえようと頑張る子”の悲劇
「問題は戦う犬の大きさではなく、戦う犬の闘争心の激しさである」
小さい犬でも闘争心のある犬がいる。そういう犬は自分の意志がある。人間の子どもも自分の意志のある子は最後には伸びる。
「恩着せがましさ」などのマイナスの感情で育てられた子どもは、義務感はあるかもしれない。しかし義務感だけの子は伸びない。マイナス感情では、志のある子には育てられない。
親を喜ばせることしか考えていない子どもは、入試で百点をとるかもしれない。しかし自分が受けたい大学をうけていない。親から期待されている大学しかない。
自分の中から燃えるものを持っている人は最後には強い。自分の求めるものを知っている人だから最後には勝つ。まさに志のある子に育つ。
目的が定まっていなくて、ただ「やれやれ」と親から言われて頑張っている子どもは、最後には挫折する。

…続く…
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2013年02月22日

幼稚園での劇遊び 選んだ絵本10

年中になった5歳のフーちゃん。
幼稚園で劇遊びをしました。
年少、年中、年長と一年違うだけで劇遊びを観る楽しさも違いまするんるん
今回は次の10冊の絵本から、劇遊びをしました。

年少

「はらぺこブブの おべんとう」


こぶたのブブがお腹をすかせて歩いていると、お弁当屋さんを見つけます。
そこで、「お手伝いをしてくれない?」と頼まれ、手伝いをすることにしました。
さわさわ野原に住むアリンスキーさん、もこもこアパートに住むもっこさん、
しっかりお弁当を届けることができるのでしょうか?次に、大きな石のおにぎりを届けます。
誰が食べるのでしょうか?みんなでスペシャル弁当を作り、楽しくピクニックに出かけ遊びました。

ブブが一生懸命最後までお手伝いを頑張り、自分で「できた」という自信や達成感を子ども達なりに感じて欲しいと願っています。


「もりの こっこさん」
「こっここっこ、卵ですよ」コッコさんは、卵を分けてあげたり、掃除したり、料理したり、働き者です。
森に住むねずみの家族、うさぎ、もぐらもみんなコッコさんが大好きです。ある日、うさぎが“はらぺこきつねがコッコさんをねらっている”
とコッコさんに知らせました。でも、ねずみの赤ちゃんが病気だと聞いたコッコさんは、卵を届けに出かけます。
さて・・・コッコさんはどうなるのでしょう?

このお話を通して、コッコさんのような心の優しさ、強さをもった子ども達に育ってほしいです。
そして、友達同士、助け合うことの大切さを感じて欲しいと願っています。


「いえでだ ブヒブヒ」


いつもお母さんに怒られてばかりの子ブタのブウ、トン、ヤン。
仲良し三匹は、お母さんに怒られて家出を思いつきます。
家を出た三匹は、うさぎの家に行ったり、ワニの家に行ったり…
でも、なかなか子ブタにぴったりの家は見つかりません。
そこで、三匹は力を合わせて自分達の家を作りました。
子ブタ達が仲良くお菓子をたべているところにオオカミがやってきました。
オオカミから必死に逃げた子ブタ達は、お母さんに助けを求めます。

劇遊びでは友達とのやり取りを楽しんだり、その子らしい表現を楽しんでいました。


「エレくんと よわちゅう」
ゾウの島にエレというゾウがいました。エレは力が強く、大威張り。
力比べをしてもいつも勝つので、もっと強い相手を探しに出かけました。広い海を泳ぎ違う島にたどり着きました。
そこはネズミの島。ネズミ達は朝から食べ物探しで大忙し。でもそのネズミの中に力が弱く、泣き虫のよわちゅう
というネズミがいました。いつも泣いてばかりいるので、大将ネズミに追い出されてしまいました。
泣きながら歩いていると、エレと出会います。エレと勝負をし、よわちゅうが勝ちました。

劇遊びでは、体の大きなゾウや、かわいいネズミの表現を楽しく遊んでいました。
このお話を通して、自信をもっていろんなことをしたり、優しい気持ちを感じて欲しいと思います。


年中

「あめだまをたべたライオン」


ある日、ライオンのルルは突然、空から降ってきた黄色の飴だまを食べました。
すると自慢の鳴き声が、「にぃ〜・・・」と猫のように変わってしまったのです。
猿にバカにされたルルは、悔しくて、恥ずかしくて穴ぐらに閉じこもってしまいました。
そこへやってきたのは、小さな子ウサギです。ライオンを見たことがない子ウサギは、
元気のないルルのためにカエルや草などを毎日持って行きました。
10日経ったある日、子ウサギのおかげで元気になったルルは、鳴き声を取り戻しました。
ルルは子ウサギのことが大好きになっていました。そして、子ウサギも縷々の優しさが大好きになっていました。

このお話を通して、友達を思う優しい気持ちが育って欲しいと思います。


「ぎろろんやまと 10匹のかえる」


ひょうたん沼に住んでいる10匹のかえるは、とっても仲良し。
ある日、1匹のかえるが重い病気になってしまいました。
年寄りカエルから、「ぎろろん山にあるしゃっきりだけを食べると、病気が治る」と教えてもらいました。
カエル達は、仲間のためにぎろろん山に出発しましす。川を渡ろうとしますが、
そこにはザリガニが住んでいました。どうしたら川を渡ることができるか?・・・みんなで考えます。
やっと、ぎろろん山に到着し、しゃっきりだけを手にしたカエル達、
その時、洞窟の中からこうもりが襲ってきました・・・。やっとのことで、ひょうたん沼に戻ってきました。

このお話を通して、友達と力を合わせること、困難に立ち向かうことのできる子ども達に育って欲しいと思います。


「ともだちや」


「えー、ともだちやです。ともだちはいりませんか。ともだち1時間100円、2時間200円。」
キツネは、のぼりをふりふり、“ともだちや”をすることを思いつきました。
キツネは、赤ちゃんを寝かせたばかりのウズラのお母さんに出会ったり、大きなクマに出会い、
イチゴやハチミツを食べたり・・・大忙し!そして森の奥へ行くと、ギトギト声のオオカミが・・・!
「トランプの相手をしろ!」ちょっぴり怖いオオカミと一緒にトランプをして遊ぶことになったともだちやさん。

劇遊びで、子ども達は、キツネになって友達と一緒にかくれんぼを楽しんだり、
オオカミになってキバをとがらせたり大声を出したりして楽しんでいました。
本当の友達はお金で買えるかな?どうしたら、本当の友達になれるのかな?
キツネやオオカミの気持ちを子ども達なりに感じて欲しいです。


年長

「みどりの谷のネズミしょうぼうたい」


森の中の緑の谷に、ネズミの町がありました。消防署があり、屋根の上に、高い日のみやぐらがたっていました。
そこで、ネズミ消防隊のタッペル隊長が、みどりの谷を見張っていました。
ネズミ消防隊は、罠にかかったうさぎを助けたり、迷子になったひよこの赤ちゃんのお母さんを探したり…
困っている人を見つけてはすぐに出動し、助けていました。
ところが、博士ネズミがやってきて、突然、消防署をなくすことにしたと告げられてしまいました。
タッペル隊長は、困っている人を助けられなくなったことに落ち込みます。夜、町で火事が起こり、消防隊が活躍します。
博士ネズミは、やっぱり消防署は必要だと思い直しました。

劇遊びでは、消防隊になりきって言葉や動きを楽しんでいました。タッペル隊長の優しい気持ちに共感しました。
このお話を通して、友達を思いやる優しい気持ちが育って欲しいと思います。


「おばけのがっこうへ きてください」


おばけの学校。それは、おばけの子ども達が立派に人間を驚かすことのできるおばけになるために勉強する学校です。
しかし、おばけの子ども達は元気いっぱい、笑顔にっこにこ!困ってしまった校長先生は、人間の子どもである「つよし」
にたすけてもらうことにしました。校長先生が見つけたのは、「つよし」という男の子でした。運動が大嫌いで、友達からは
「よわむしくん」と呼ばれています。校長先生に誘われ、おばけと一緒に運動に挑戦する「つよし」ですが、
何をしても最下位になってしまいます。しかし、校長先生は「つよし」のことをおばけの手本だと褒め続けます。
次第になんだか変な気分になっていく「つよし」。おばけとの出会いの中で、一番大切なことは何かに気づいていきます。

劇遊びでは、「つよし」の心の育ち、心の強さに思いを寄せながら、子ども達が表現するおばけを楽しめました。


「小さなりゅうと ふしぎな木」


卵からりゅうの赤ちゃんが産まれました。りゅうの名前はビックリです。ビックリは、飛ぶことも泳ぐこともできません。
友達になった鳥のチッチやイルカのイルイルに、飛び方や泳ぎ方を教えてもらい、できるようになったビックリは、大喜び。
ある日、ビックリが住んでいるあらし島の木に、初めて赤い花が咲きました。かめに不思議な昔話を聞いたビックリとチッチは
歩く花を探しに大きな島へ出発します。さあ、大きい島で歩く花を見つけることはできるのでしょうか?

劇遊びでは、友達と一緒にビックリやチッチになって遊んだり、それぞれの気持ちに共感しながら劇を創っていました。
このお話しを通して、友達を大切にする気持ちや勇気をもってなんにでも挑戦する気持ちが育って欲しいと思います。






posted by ウルトラの母 at 10:39| Comment(0) | 読んだ絵本 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年02月19日

子どもに自信をつける言葉 傷つける言葉 という本を読んで2/4

・・・続き・・・
子どもに自信をつける言葉 傷つける言葉 (著)加藤諦三 という本を読んで目
私が心に残った事をブログに残しておきます。


第一部 親に何気ないひと言で、子どもの心は大きく変わる
Aプレッシャーをかけないこと


●「やればできるのよ」という間違った励まし方
母親が「アンタは馬鹿じゃないわよ」「やればできるのよ」と言うのは、子どもにはプレッシャーである。
母親から馬鹿と思われた子どもは自分を馬鹿だと思ってしまう。
自分は馬鹿だと無意識に思っている子どもが、母親から頑張るようにプレッシャーをかけられて「私はこうならなければいけない」と思い込む事が悩みの原因になる。
「あの子にだけは負けないで」という励まし方は間違いで、鬱病者を生み出しやすい。

●「頑張れ」がエールになるとき、プレッシャーになるとき
神経症的傾向の強い大人が「頑張れ!」と子どもに言う時には、三つの特徴がある。
一つは立派な自分を売り込んでいる「君を励ますこんなにいい人」という恩を売っていることがある。
次には自分の優位を感じるために「頑張れ!」と子どもに言う。
最後に「頑張ることはいいこと」という規範意識である。
励ますことが意味を持つためには「お互いに親しい」という条件がある。その関係を無視して励ますから、子どもはときに励ましてくれる人が怖くなる。
情緒的に未熟な人の「頑張れ!」は思いやりの言葉でなく、自分が自分にいう言葉である。
長いことよく頑張って何かを達成した人からの「よく頑張ったね」は最高のエールになる。親しい人でなければ励まし効果がない。励まされても元気にならない。
親しければ相手を理解して励ましているから、励まされた方は元気になる。励ますほうが努力しているときに励ましは効果がある。
日頃子どものことを何もしていなくて試験の前にいきなり「頑張れ!」と言っても無駄。小さなことの積み重ねがあって、最後に「頑張れ!」というから最高のエールになる。
心が触れ合っている母親なら子どもを褒めるときには「すごーい」だけでいい。それで子どもの向上心が刺激される。

●”励ましの言葉”の深層心理
母親自身が自分を自分で尊敬できていないと、そのイライラを子どもに「頑張れ!」という言葉で子どもにプレッシャーを与えてしまう。
こういう母親がまずすべきことは、自分が自分を尊敬できる人間になること。そうすれば親子関係も自然と良い方向に向いていく。
「頑張れ!」が効果を持つためには、第一に母親に心の葛藤がない事が必要であり、第二に子どもの側にも深刻な劣等感がないことである。
子どもは親に「見捨てられる」という不安を持つから、親に気に入られようと努力する。不安になった子どもは母親から「頑張れ!」と言われると、逆に子どもは不安になる。
こうしたふれあっていない親子関係においては、「頑張れ!」は思いやりの言葉ではない。

●子どもに”不安”を植え付ける言葉とは
非現実的に高い基準、あるいは畑違いの基準でわが子を裁く親は、子どもを愛する能力がない。自分を持っていいない。
「これができなければ皆に笑われますよ」「「成功しないと大変なことになる」という言葉に子どもは不安になり、無理な努力をする。
子どもをやる気にする親は、まず子どもの努力を認めて一緒に喜ぶ。子どもを潰す親は子どもを認めることができない。一緒に喜ぶことができない。

●「ダメ!」なときこそ「大丈夫!」と言う
落ち込んでしまう状況の下でも頑張る気になるのは「大丈夫よ!」と信じている親から励まされる子どもである。
そういう親は子どもと一緒に夢を語り、喜んだり残念がったりする。子どもは安心し、もう一度意欲的に物毎に取り組む気になる。
愛する能力のない親はコントロールをサポートと勘違いする。
サポートとは、子どもの気持ちに共感し、子どもを助けること。子どもに対する愛情を表現すること。
コントロールは、子どもに対する不安といらだちの表現。子どもを支配することで心の葛藤を解決しようとすること。

●劣等感を刺激して頑張らせていませんか
神経症的な子どもが絵が苦手だとする。そこで字を「上手ねー」と褒めると絵ではなく、字の方ばかり人に見せるようになる。絵が下手だという劣等感があると「字が書けるもん」と威張りだし、自分ができないことをカバーする為の字になる。見せるための字になる。そうした子どもは最後まで伸びない。
算数ができないという劣等感をカバーするために国語をする生徒は国語の達人にはなれないだろう。それよりも何故自分は算数が嫌いかを冷静に反省する親子が長い人生の最終勝利者である。
数学と物理が嫌いだから文学部にきたという大学生は伸びない。自分の好きなものがわかっていない。
親が子どもの劣等感を刺激して何かを教えることは出るが、子どもの心にキズが残り、後の人生を大きく歪めることにもなる。
教育も同じで、親や先生が子どもの言葉に怒って子どもに教えても効果は上がらない。子どもへの愛で教える、子どもがそのことを好きなように仕向けていく。そこで子どもは覚えることを身に付けることができる。

●その子のありのままを認めよう
親から老いされた人は人を愛する能力が育まれるし、親から愛されなかった人は、人を愛する能力が育まれていない。残念ながらそうした点では人生は不公平である。
母親固着というのは「お母さん、私を認めて!」「悪いことをする私を愛して」「私を守って!」という叫びである。子どもは母親が認めてくれるまで母親から離れられない。

●”もっと伸ばそう”の逆効果
イソップ物語の「クルミの木」と言う話。道端のクルミの木が実をたくさんつけていた。道を行く人々がそのクルミの木の実を落とそうと石を投げたり棒でつついたりする。
するとクルミの木は「情けないことだ。せっかく私がこの実を皆にやろうと思っているのに」と言う。
子のクルミの木の実が子どもの才能と置き換えてみれがイソップの教えがよくわかる。
子どもがたくさんいい才能を持っている。黙ってみていればその才能は花開く。しかし親が子の才能を早く花咲かせようとプレッシャーをかけると、結局子どもの才能をだんだんと枯渇させていく。黙って見ていれば「子どもは頑張っていた」のに、子どもは頑張る気をなくす。こうして親は焦って子どもの才能を潰してしまう。
初めは「この子は本当に伸びているな、他の子と全く違うな」と親は思う。そこまではいい。その後、心の葛藤を持つ親は「だから私はもっともっと伸ばしていい学校に入れよう」と言う気持ちになる。それを愛と勘違いする。「もっと才能を上していい学校に入れよう」と思ったときには、すでに子どもの為でなく、自分のためである。
子どもを見て、おまえを産んでよかった。親にそういう気持ちがあって、子どもは、大人になって親孝行しようという気持ちが生まれる。
子どもは自分の存在に関心を持ってくれる親の言葉がうれしい。

●「おいしいから食べなさい」と押しつける愛
子どもに対する自分の期待は脇に置いて、子ども自身の夢を実現する助けとなろう。
愛情のある親は子どもの好きな物を何とか捜そうとして買い物に時間をかける。
子どもを自分の延長とみなす親は、自分が好きな料理を子どもに「おいしいから食べなさい」と押しつける。子煩悩と子どもを理解していることは別である。
「自分の期待を脇に置く」ということは簡単なようだけど親自身が心理的に自立していないとできない。

●伸びる子の親は子どものグチを言わない
相手をあるがままに受け入れるということは、「もっと出世して」「もっとお金を稼いで」と夫の尻を叩かない事である。
子どもに「もっといい学校に入学してくれ」と励まさない事である。絵を描くことが好きな子どもに英語や数学の優秀さを期待しないことである。
夫、妻、子ども、との関係で自分の考えを言うが、相手を批判はしない。それが愛である。
人間にとって、長所はある時は長所であるが、また別のときは短所である。子どもに好き嫌いがあると言うことを認めることは、子どもが自分とは違う人格を持っていることを受け入れることである。子どもがあるときには「いい子」、ある時には「悪い子」になる。それを認めることは子どもが自分とは違う人格を持っていることを受け入れることである。

●”自分を信じる”気持を伝えていますか
「自分を頼る気持ちは、親が子どもに与えることのできる最高のプレゼントである」
自分がしてきたことすべてを受け入れて、初めて自分を信頼できる。自分のしてきた悪いこと、よいことすべてを含めて自分を受け入れることが自分を信頼すること。
自分を信頼していなければ子どもを信頼できない。自分を頼る、自分を信じる、これは困難に立ち向かう時の強さである。どんなことがあっても一人でいきていける知恵が自分にはあると思う気持ちでもある。
親が子どもに残すことのできる最大のものは「一人で生きていける知恵」である。

●強い心をつくる「三つのR」とは
自身の尊厳RESPECT、他人への敬意RESPECT、己の行動に対する責任RESPONSIBILITY。
自分を尊敬出来れば自然と三つのRは身に付く。
自分を尊敬できる人は他人を尊敬できる。

●先回りして教えてはいけない
子どもが散らかしたものを大人が片づけてはいけない。片づけるのは子どもの仕事。子どもができることを大人が先回りをしてはいけない。子どもは体験から学ぶ。
子どもには子どもの責任がある。大人は子どもに何か教えて、得意になっているが、子どもが自分の体験から学ぶことは大人から学ぶよりも多いかもしれない。
逆に大人は子どもから学ぶことが多いことを忘れないように。

●見返りを求めないからこそ
犬に餌を与えるときには人は無心に与える。しかし人間に与えるときには恩着せがましく与えることが多い。あるいは打算があることが多い。
人間に与えるときには、相手に何かを求めている。おそらく犬に与えるときのように人間にも無心に与えれば、人も裏切りは少ない。

●”求める子育て”と”与える子育て”
与える喜びがあれば子育ての困難に打ち勝てる。親になると言うことは相手に何かを求めることではなく、与えることの喜びを味わえる人間になることである。

…続く…
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2013年02月17日

子どもに自信をつける言葉 傷つける言葉 という本1/4

加藤諦三さんの言葉にいつも元気づけられますわーい(嬉しい顔)

今回は、子どもに自信をつける言葉 傷つける言葉 (著)加藤諦三 という本を読みました。
いろいろ書かれていました目
私が心に残った事をブログに残しておきます。


第一部 親に何気ないひと言で、子どもの心は大きく変わる
〜求めないこと〜

●「〜してくれたねー」と“恩に着る”言葉で子どもは伸びる
子どもが何かをしたときに「ありがとう、助かるわ!」と母親が言うことで子どもは満足し、さらに「やる気」になる。
●子どもの音読させようとする時、うまくいく場合とうまくいかない場合がある。
「お母さんに聞かせてね」と言われる子どもと、「声に出して読みなさい」と言われる子どもの違い。
「お母さんに聞かせてね」と、子どもの音読を恩に着て、喜ぶ親の気持ちで子どもは伸びる。
●「あなたがいるから幸せよ」と言う気持ちが非言語的に伝われば子どもは気持ちよくなる。
そのためには何よりも笑顔。
●子どもが元気で帰ってきたときに、「元気だった!」と抱いてあげるスキンシップが子どもはうれしい。
●「好きなだけ遊んできなさい」という言葉は、子どもは何となく恩着せがましさを感じるのでマイナス効果。
だた、「いってらっしゃーい」とだけいう母親の方が子どもは気が楽である。
●「お前たちを育てることがどんなに大変なことか、どんなに苦労の多いことか」こんな言葉を聞かされる子どもは「自分なんかいないほうがいい」と感じてしまうので、子どもに言っちゃダメ。
父親は「さー、今日も頑張って働くか」と快活に言うと、子どもも前向きな気持ちになる。
エネルギーも子どもに湧いてくる。

●子どもの自身が育たない“励まし方”とは…
子どもがかすかなけがをしたとき、母親は励ますつもりで「何でもないわよ」「痛くないわよ」と間違った言葉を言ってしまうと子どもにとって極めて不愉快である。
転んでケガをしたときは「痛いよねー」「ひどいけがねー」と大袈裟に言うと子どもは自分の痛みを理解されたと思って素直になるし、自分から「大丈夫だよ」と言うこともある。
子どもが悔しい時には「悔しいよねー」というと子どもは気持ちをくみ取られたと思って嬉しくなる。
嫌なこと、つらく感じることは「ものすごいこと」にしてあげると子どもの気分が好調になる。
子どもは人に恩を着せたいが、恩に着るのはいや。「おいしいから食べてごらん」はダメ、
「おいしくないかもしれないけど、食べてくれるかなー」と言うと喜んで食べる。
一口で言えば殿様にしてあげることで、子どもは機嫌よくなり、甘えの要求を解消でき、まともな大人になっていく。
●「子どものために」を「自分のために」に変えてみよう
「どうか自分を持って下さい、そしてあなた自身の幸せを築いて下さい。そうしたら私に同じことを教えてくれます。そして私は同じように幸せになり、立派で心豊かな人生を送れるでしょう。」
「自分をもつ」ということは、子どもに我慢を教えるということでもある。我慢を教えると言うことは子どもからおもちゃを取り上げることではない。
子どもに我慢を教えるためには母親の心の中に「これをしなければ、子どもはダメになる」という確信がなければならない。親が「自分をもつ」ということは「自分を大切にする」ということである。

●子どもの成長を助けるひと言とは
「どうか助けて下さい。私自身の興味と能力と可能性が花開くように。あなたが期待する人間になるのではなく、私がなりたい人間になるために」
助けるためには相手に関心がなければならない。
例えば、人参が食べられない子どもに人参を食べられるように工夫してあげれるようにする。
高校生ぐらいに大きくなった子どもが「助けて下さい」と言うことは「『失敗したら帰ってきなさい』と言って下さい」ということ。
「子ども自身の興味と能力と可能性が花開くように」親が助けるときに親の努力は実る。しかし、「あなたが期待する人間」になるように子どもを助けるときに親の努力は実らない。
親が期待する人間は規範教育が行き過ぎて、その子らしさをうしなっているかもしれない。
何よりも「あなたが期待する人間」は自分の適性が分からなくなって
親子ともども一生苦労するかもしれない“親の期待”ではなく“子どもの夢”を応援する
子どもにとって大切なことは自分が何をしたいかを出来るだけ早く具体的に知ること。
自分が何者でああるかをみつけること。自分のアイデンティティーの確立
これが青年期の課題である。それ以前に自分の好きなことを見つけることが人生の大きな課題である。
「わたしがなりたい人間」というのがはっきりしているこどもは人生の最大の危機を乗り越えたと言ってもいい。子どもはそうなるように努力する事が賢明である。
・・・続く・・・
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2013年02月16日

算数が得意な子の脳!?

久しぶりのブログですわーい(嬉しい顔)
ミーちゃんの小学一年生の様子を残さないままあせあせ(飛び散る汗)
もうすぐ二年生になろうとしていますたらーっ(汗)
私は、ジムにランチに…と遊びすぎでするんるん
ジムに通い始めて1年半になりましたが、引き締まってきましたぴかぴか(新しい)
水泳だけとかランニングだけとかヨガだけよりも、いろんな運動をするほうが良かったみたいです。
水泳だけでは痩せませんでしたふらふら泳いだ後にお腹が空き過ぎて食べ過ぎてしまってました…ファーストフード

1年生のミーちゃん、算数が嫌いと言っていますもうやだ〜(悲しい顔)
今は三桁の数字をお勉強ですが、なかなか理解に苦しんでるようです。

今日、ヤフーニュースで興味深い記事がありました。
子どものレベルに合わせて楽しい気分で何度も練習問題をする…ってことでしょうか目


次項有算数が得意な子の脳は、どこが違うのか?
プレジデントファミリー 2月16日(土)9時0分配信

問題を解くのに必要な「回路」ができあがれば、あとはそれを何度も使うことで、スムーズに解答にたどり着けるようになる。
スラスラと問題が解ける子の脳の中は、いつまでたっても答えが出ない子とどう違うのか。「解ける子の脳」になるための秘訣を、脳のスペシャリストに聞いた。

■問題を解くとき、脳の複数の箇所が稼働

 世の中には、幼くして方程式が解けたり、微分積分を理解できたりするスーパーキッズがいるという。一方で「数字を見るだけで頭が痛くなる」というような算数嫌いの子も存在する。算数ができる子とできない子は何が違うのだろう。そもそも生まれつき脳に差があるのだろうか。MRIによる脳画像分析のスペシャリストで「脳の学校」代表の加藤俊徳氏に、その違いを聞いてみた。

「算数ができるかできないかは、生まれつきの能力の差ではありません。訓練すれば誰でもできるようになるのです」と言う加藤氏。「うちの子は算数ができない」と嘆いている親にとっては朗報だが、ではいったいどこで差がつくのだろうか。
「ポイントは、脳の中に問題を解く回路ができているか、そしてそれが太いかどうかです」
 加藤氏はまず、算数や数学の問題を解く際に脳の中でどんなことが起こっているかを説明してくれた。

「算数の問題を解く際には、脳の複数の箇所を使います。脳には大きく分けて、前頭葉、後頭葉、頭頂葉、側頭葉がありますが、それぞれ、運動、視覚、聴覚、記憶など人間が生きていくうえでのさまざまな活動をつかさどっています。脳の中にも、いわゆる『役割』というものがあるのですが、現在の研究では、算数や数学のいろいろな問題を解くときに、脳のどの箇所を使っている、と特定はされていません」
 たとえば国語が得意なら、言語や感情をつかさどる部分、美術が得意なら視覚をつかさどる部分を主に使う、というようにある程度特定できるが、算数や数学の場合は、そうではないらしい。
「脳の損傷研究でわかっているのは、脳のどこが壊れても、ちょっとずつ算数や数学の能力が下がるということ。つまり、算数や数学の問題を解く際には、脳の複数の部分を同時に働かせていると考えられます」

 そこで加藤氏は、二つの脳の図を描いて説明してくれた。
「Aが、悩んでいるとき、Bが楽に解けるときの脳のイメージです。初めて問題が出されたとき、脳の中ではああでもない、こうでもないと思考がさまざまな箇所を巡って答えを導き出そうとします。これがAの脳」
 問題を解くためにはどの部分を使えばいいかまだ絞り切れていない状態です。
「一方で、楽に解けるときの脳では、脳のどの箇所をどの順番で使えばいいかが特定されています。そのルートが出来上がっているので、Bの図のようにスムーズに思考回路がつながって、解答が出せるのです」
 なるほど。これが先ほどの「問題を解く回路」というわけだ。


何度も解くと簡単に解ける理由

「解けない問題が解けたとき、カチッと何かがはまったような感じがして、すっきりした経験があるでしょう。これが、回路がつながった瞬間なのです」
 一度解いた問題をもう一度解いたときに簡単に感じられたり、前より短時間で解けたりするのは、この回路が出来上がっているからなのだ。Bの脳では、脳に負担がかかっていないクールな状態。脳は無駄なエネルギーを使わなくて済むのである。一方で、Aでは脳の中で思考の試行錯誤が行われているので、かなりの興奮状態だ。
「問題が解けなくてどうしていいかわからない、頭の中がふわ〜っとなるような感じが、まさしくAの状態なのです」

 この回路を専門的に説明すると、神経細胞同士がネットワークを形成していくということ。約千億個以上の神経細胞がある脳は、細胞同士が集まって思考の中枢となっている神経細胞と、その神経をつなぐ連絡線維の二つで構成されている。脳が適切な刺激を与えられてさまざまな情報を吸収していくと、それまで未発達だった神経細胞と連絡線維は、樹木の枝が伸びるように他の細胞とつながっていく。使われることで回路は太くなり、より楽に問題を解けるようになる。

「必要な脳の箇所同士が連携して回路が太くなると、問題を解く際に二つのいいことが起こります」
 と加藤氏。ひとつは、「応用が利く」ことだという。
「ある問題を解く回路が確立できれば、それに類似した問題が出された際に、おおよそどこの箇所を使えばいいかが推測できます。基本の回路ができているので、そこからちょっとはずれるだけでいい。新しい問題に出合って、まったく知らない問題を解くときに試行錯誤するのとはわけが違います」


■パッと問題が解けるのは集中している証拠

 もうひとつが「集中力の向上」だ。
「回路がつながっていない頃や、つながりたての頃は、回路をつなぐパイプが細い状態。短時間で情報を運ぶことができないため、なかなか解答にたどり着けず、問題を解こうとする気持ちが散漫になりやすい。しかし回路を繰り返し使うことでパイプが太くなると、一気に多くの情報処理が可能になり、集中して問題を解くことができます」

 それではわが子もこの回路を強化していけば、スーパーキッズのようになれるのか。
 しかし、「この回路を強化するのが難しい」と加藤氏。それは、脳のある性質が関係している。
「脳は、ある回路を通って心地よいと感じたら、もう一度同じ回路を通ろうとします。でも、嫌だと思ったら二度と同じ道を通りたがらないんです」

 問題が解けるというような成功体験は脳にとって気持ちよいものであり、もう一度同じ道を通ろうとする。しかし、同じ「解ける」でも、その子のレベルに合っていないものを無理にやらせたり、お母さんから「この問題を解けるまで遊びに行っちゃダメよ!」なんて言われながら嫌々解いた場合には、たとえ解くことができても、脳にとっては苦い印象を与えてしまうのだ。「誰かとご飯を食べて楽しかったら、また一緒に食べたいと思うでしょう。それと同じ法則が脳の回路にも当てはまるのです」

 脳の回路を強化するには、何度も同じルートを通ることが必要。そのルートを何度も通らせることができるかどうかが、優秀な子とそうでない子の分かれ目だというわけだ。子供が「楽しい」と思うような環境づくりをすることが、解ける回路をつくる第一歩かもしれない。
 算数や数学ができるようになる脳の仕組みがわかったところで、「回路をつくったり、強化する際にやってほしいことがある」と加藤氏。


頭の中だけで考えても答えが出ないなら……
「それは、手を使うことです」
 答えがわからないときは、脳のどこを使えばいいか迷っている状態。その際に、頭の中だけで考えるより、指を折って数えたり、図に描いたり、式に起こしたりすることが大事だという。
「解けないときには、思考が脳の同じ箇所だけをグルグルと回っていることもあります。そのときに手を動かせば、思考を違う箇所に動かすことができるのです」
 算数ができる子は、わかっていることをすべて書き込んだり、文章を図示化したりする。これは、脳にも刺激を与えているというわけだ。


■答えがどこで間違ったかを把握させよう

 最後に、算数で育まれる力について一言。
「人間は生まれると『周りの人はこうしている』とまず他人を認識し、その後だんだん『自分はどうなのか』と、自分を確かめるようになります。算数で一番育まれるのは、前頭葉で発達するこの自己認識能力だと思います」
 算数には必ず答えがある。問題を間違えた場合、自分がどこで誤ったかというプロセスを計算式の中で確認できる。それを認められる子は、どんどん成長していける。
「答えが間違ったという事実だけを意識する子は、それ以上先へ進めません」
 算数で間違いを把握する作業は、自己認識能力につながるものなのだ。
「親は、子供が算数の問題で間違えた際に、どこでどんな間違いをしたかを子供自身が把握しているかにも気を付けたいところです。問題が解ける、解けないで一喜一憂することよりも、この問題を通して、子供の自己認識能力が成長しているんだ、と考えてみてはいかがでしょうか」


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加藤俊徳●Toshinori Kato
医師、医学博士。「脳の学校」代表。国立精神・神経センター、ミネソタ大学放射線科などを経て現職。これまで、1万人以上の脳画像を分析してきた。著書に『脳の強化書』(あさ出版)など
http://zasshi.news.yahoo.co.jp/article?a=20130216-00000001-pfamily-soci
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